犬の血管肉腫
症例の概要
血管肉腫は、血管を構成する細胞から発生する腫瘍です。特に脾臓、心臓、肝臓などに発生しやすく、
またしばしば転移する悪性度の高い腫瘍です。
この腫瘍は非常にもろく、ちょっとした衝撃で破れて出血したり、炎症を起こして周りの組織と癒着を起こしたりします。
経過および検査
この記事では、それぞれ異なる治療を選択した2例を見ていきましょう。
まずは、「最近おなかが張っているように見える…」とやってきた13歳のダックスさん。
超音波検査をしてみると、脾臓に4cm大の腫瘍が見つかりました。
脾臓にできた腫瘤は、脾臓を摘出する手術をして病理検査に出すことで診断を行います。
脾臓には血液の貯蔵庫としての役割がありますが、摘出してしまっても日常生活に支障はありません。
摘出した腫瘍は、血管肉腫と診断されました。
また、手術時に肝臓に小さな病変が見つかり、腫瘍の転移が強く疑われました。
2例目は、おなかの調子が悪くて来院した15歳のトイプードルさん。
胃腸のチェックのために超音波検査をしましたが、そのときに脾臓と肝臓に腫瘤が見つかりました。
おなかを壊していることとは無関係そうでしたが、腫瘤に対する治療もしましょうということで、
脾臓の摘出と肝臓のバイオプシー(組織を一部採取して検査すること。生検。)を行うことにしました。
結果は血管肉腫とその肝臓転移でした。
二人とも手術の後はとても元気でしたが、血管肉腫は転移しやすい腫瘍であり、すでに転移が疑われる状況でした。
ご家族とじっくりお話をさせていただいた結果、それぞれ別の選択をされることになりました。
治療
ダックスさんは、化学療法を選択。3週間に一度、半日入院して抗がん剤を静脈点滴で投与します。
ほぼ毎週1回病院に通院しましたが、特に副作用もなく、いつも通り元気に過ごせました。
それでも肝臓に転移していた腫瘍は少しずつ大きくなり、手術から7か月後、飼い主さんに見守られながら息を引き取りました。
対照的に、トイプードルさんは化学療法を行わず、緩和的ケアのみを実施することになりました。
飼い主さまと緊密に連絡を取りながら、血栓症の予防のためにお薬を飲んだり、気分の悪そうなときは点滴をしたり。
肝臓の転移病変が大きくなっていることはわかっていましたが、とにかくお家で穏やかに過ごすための治療を行いました。
手術から3か月後、お子さんたちを小学校に見送った後、静かに息を引き取りました。
獣医師のコメント
血管肉腫は、化学療法によって余命を伸ばすことはできても、多くの場合腫瘍死(腫瘍が原因で死亡すること)を迎える転機をたどります。そのなかには、腫瘍が腹腔内で破れて大出血を起こしたり、血栓による脳梗塞を起こしたりなど、急激な体調変化を起こして急死する症例も少なくありません。
中央生存期間は、外科手術のみ行った場合だと19~86日、外科手術後に化学療法(ドキソルビシンという抗癌剤)を行った場合は5~6か月、1年後の生存率は16%以下と、かなり厳しい数字が並びます。
出典:
- Hammer AS, Couto CG, Filppi J, Getzy D, Shank K. Efficacy and toxicity of VAC chemotherapy (vincristine, doxorubicin, and cyclophosphamide) in dogs with hemangiosarcoma. J Vet Intern Med. 1991;5:160–166.
- Johnson KA, Powers BE, Withrow SJ, Sheetz MJ, Curtis CR, Wrigley RH. Splenomegaly in dogs. Predictors of neoplasia and survival after splenectomy. J Vet Intern Med. 1989;3:160–166.
- Kahn SA, Mullin CM, de Lorimier L-P, et al. Doxorubicin and deracoxib adjuvant therapy for canine splenic hemangiosarcoma: A pilot study. Can Vet J. 2013;54:237–42.
4.Canine visceral hemangiosarcoma treated with surgery alone or surgery and doxorubicin: 37 cases (2005–2014) Can Vet J. 2018 Sep; 59(9): 967–972.
簡単なことではありませんが、ご家族には、限られた時間をどんなふうに過ごしたいか、納得のいく選択をしていただきたいと考えています。
今回ご紹介した2症例ですが、化学療法にチャレンジしたダックスさんは、幸いにも抗がん剤による副作用がほとんどなく、診断後のほとんどの時間を元気よく過ごすことができました。ご家族からは、化学療法にトライしてよかった、とのお声をいただいております。
一方トイプードルさんは、化学療法を行わなかった分 寿命は短くなってしまいましたが、ご家族と過ごす時間をたくさん作って、それまで以上に濃く、穏やかな時間を過ごして息を引き取りました。
どちらのご家族の選択も、間違っていなかったと感じております。
同じ病気でも、最善の治療はご家族ごと、症例ごとに違います。
どうぶつたちと過ごす特別な時間を、より価値のある時間にするためのお手伝いができれば幸いです。